形正シカラザレバ剣マタ正シカラズ!正座姿勢による稽古方法の意味を説く!
 平野傳投剣術は騎馬戦の実戦体験から体系化されたものです。その投剣法は背筋力を最大限に生かし
 て肩や肘に負担をかけないものとなっています。 また腰を切らずに行う投剣フォームは、俗に言う難波

 き
の足運びと巧みに合致し、プロボクサーのフットワークにも充分対応できる柔軟性を兼ね備えています。
 軽量の剣を用いる打剣法では重量剣は撃ちこなせません。正座姿勢打剣での撃ち込み稽古の一年間は

 平野傳
投剣術に適応する為の、身体造りと形作りの一年なのです。  何事も急がば廻れですよ・・・・・。
 形正シカラザレバ剣マタ正シカラズ、弓矢の軌道で手裏剣を発射する為の形造り。
                              



    


入門ガイド

大黒様




























      ↑  ↑  ↑
  動画の最後に三間の間合いで剣を撃つシーンが録画されていますが、何度か聞こえる

金属音は、剣先が的の端をチップしたのち背後の板に当たって発した音です。


 
 平野傳投剣術に於ける的の仕様は、おおむねビデオ動画のようなものと御理解し

て下さい。 上段には人頭大の的を六つ置き、中段には水月に見立てて一つ置きま

す。上段に並べた六っつの的は、敵が左右に移動した場合の未来位置を想定した

ものです。
              かどの又はおとの
 根岸流のベースとなった上遠野流流祖、 上遠野高秀(伊達政宗に仕えた・南部の人)の時

代には、これと似たような的置きだったらしい。鉄砲術の極意は「おっつけ鉄砲」と昔から言っ
                         まなこ
てきたことですが、手裏剣術の極意も「敵の眼を指で突く覚悟」と伝えられていて、絶対に狙い

を外すことのない間合いをつくることこそ最重要課題なのです。

 上遠野高秀は敵の眼を狙って百発百中と言われた伝説の手裏剣術の名人でした。刀槍の

術の達人でもありましたが、手裏剣術だけは一族の者のほか秘して教えることはなかったそう

です。


 織田信長の朝倉攻めに関するこのような記述があります。
初代土佐藩主                                まなじり
「山内一豊は逃げる朝倉勢を追って追撃軍の先頭に立ち、左の眦から奥歯に突き通った矢を

抜きもせず、矢を射掛けた三段崎勘右衛門を追って組み伏せたという、云々(学研・歴史群像


シリーズ)参照」


 戦国武士が如何に勇猛果敢であったか、多くの書物にそうしたことが書き残されています。


 投剣ガ技ノ真正ハ、己ガ身ヲ敵刃ノ元ニ置ク気概ニ有也。


 米国陸軍の制式拳銃が45口径から38口径へと改められたことがありました. 米国

がフィリピンを植民地にしていた時代のことです。ちょうどそのころ、モロ族の武装蜂起

という大事件が起こったのです。 鎮圧に当たった米兵は蛮刀を振りかざしたモロ族の

男に数発の38口径(拳銃弾)を発射しました。しかし、モロ族の男は少しもひるまず拳

銃を撃った米兵を斬殺しその場で共に息絶えたのです。モロ族の男は胸部に数発の

貫通銃創を受けており、その内の一発は心臓を打ち抜いていました。

 心臓に直撃弾を受けた羆やライオンが、 そのまま100メートルも疾走して息絶えた

等、さして珍しいことではないのです
38口径弾の威力不足という事態が余りに頻発

したため、急遽本国から45口径旧式拳銃が移送され、間もなく45口径は制式拳銃と

して復帰しました。

第二次大戦中、日本軍もモロ族には大層手を焼いたそうです


低速重量弾と高速軽量弾の思想。

1940年代半ばになって、ビックゲーム・ハンター(猛獣ハンター)の間で
低速重量弾と高

速軽量弾の是非に関する大論争が巻き起こりました。 マグナム・ライフルが脚光を浴

び始めた時代のことでした。化学技術の飛躍的進歩によって、プロペラント(発射薬)

の燃焼特性は著しく改善され、小銃弾の弾速は秒速600メートル代から1000メートル

代へと飛躍的に向上したのです。弾頭エネルギー(殺傷力)は質量と弾速の過多に依

って決定づけられます。弾頭重量が同一の場合は、弾速に勝った方が殺傷力が大で

あるが、弾頭重量が軽くても弾速を増大させてやれば弾頭エネルギーは拮抗するの

です。弾速が二倍になれば弾頭エネルギーは四倍になるという、単純な物理の論法

に則った論争でした。今日においてマグナム信奉派の勝利はほぼ確かでしょう。かっ

て軍用小銃の大勢を占めていた30口径も、現在では22口径全盛という状況にあるの

です。


さて、・・・・・・以上のことから、

手裏剣術においてプロペラントが人間と限定されている以上、

私はまぎれもなく低速重量弾信奉派です。


☆500年の歴史を生き続ける「平野伝承剣」
最も大きな剣が百匁の『合戦拵え真剣』、中央の剣は七十匁の『合戦拵え真剣』、
一番下の細身の剣が40匁(150グラム)仕様の実用剣です。



もしも、戦場で出遭った敵が大剛の勇士ならば・・・・・、

私は、迷うことなく百匁の『合戦拵え真剣』を使うことでしょう。






 F氏考案の可動式標的写真です。
 
(F氏も真剣の使用に拘る方で、負傷体験者です。空手・剣道・合気道の心得あり)
 
この標的を使用して打剣した場合、剣が的に当った時の衝撃音は、これまで使用し
たどの的よりも静かなものでした。これによって家庭内騒音は、かなり軽減されるものと
思います
なんといっても近隣騒音を出さないところにメリットがあります油粘土の油
性分が手指に付着しても、打剣動作にそれほどの影響は無いようです。

この的が飛躍的に優れているところは、剣が横向きにぶち当たっても
跳ね返りが極
端に
少ないという点にあります。このことは手裏剣術初心者にとって、剣の跳ね返りに
よる人身被害からの危険回避として、最大の福音になるものと確信するに至りました。

油粘土もサイト検索すれば、かなり安く購入
出来そうです。F氏が考案したこの油粘土
の的は、今や目立たぬところで
それも確かな形となって受け入れられ始めているよう
です。

  

  衝撃吸収性に優れた粘土ですから、剣が横向きに当った場合の跳ね返り距離は、
最大でも1メートル位なものです。



  標的面が穴だらけになっても、修復は何度でも出来ます。
穴だらけになった粘土の
表面は、当て板をしてハンマーで叩き平らにします。

 これまで使用した標的の中で、衝撃音が最も低かったものは、弓道に使用する巻き藁の標的
でした。巻き藁は音は小さいのですが、剣先に掛った藁が
微小な粉粒体と化して屋内に拡散
するという悪弊があるのです
家具や調度品の表面に埃となって堆積したりすれば、家人の怒
りをかう原因となったりしますから要注意
新聞雑誌を束ねて使用しても同様のことが起こりま
すから、また要注意です。


油粘土の的を使用した打剣動画です。粘土の表面にはダンボールを貼り付けて居ます。
剣の跳ね返りも、1メートルを越えることはまず無いようです。サイズは60cm×60cmですが、
縦90cm、横60cmは欲しいところです。(使用した粘土の厚さは約10cmです)
会員の中には、油粘土を顔面サイズに固め、それを複数個使用するという更なる工夫も生ま
れています。
検索ギャに油粘土販売と入力して、油粘土の価格を調べて見て下さい。

彼は、プロボクシング日本チャンピオン(軽量級)の、スパーリングパートナーを努めたほどのキ
ャリアの持ち主です。ムエタイ式の上体をかぶせるパンチを学んだということで
平野傅の打法
に対応出来ると思ったのです。生まれて初めての左手打剣開始からわずか二週間で
これほど
の打剣が出来るとは、まことにもって想像以上のものでした。
今は暴れ馬のような打剣フォームですが、将来が本当に楽しみです。


動画の中で使用している稽古用剣です。抜群のバランスに仕上がっていますから、最高の
軌跡を描いて飛んでいます。手裏剣は単純構造の鉄塊ではなく、抜剣時に摩擦抵抗を無
理なく暫減させるための、適度な絞りと重心配分が打剣性能の全てを決定するのです。

◎OG氏、初めての左手打剣から五ヶ月目の威力!
OGの技量は今のところまだ正座撃ちレベルですが、二間間合い尺的的中率は、ほぼ100パーセントに達し
て居ります。


OG氏からのメール概略。
動画と静止画を送らせて頂きます。デニム生地12枚重ねを70匁で撃ったところです。一発目
失敗・ニ発目は生地だけ・三発目は底板まで入っていました。距離は約二間、正座撃ちです。
的は高さ90cm、横60cm粘土厚6cmです。夏場は粘土が軟らかめなので鏝で均しますが、冬
場は硬めなのでゴムハンマーで均します。デニム生地は手持ちがなかったので12枚ですが、
まだまだ余裕で刺さりますので、生地が増えたらまた枚数を増やしてやってみます。ご指導よ
ろしくお願いします。  敬具


OG氏の的・全体写真です。                底板の厚さです。




12枚の厚さですね。

一般に、正座打剣の威力は立ち撃ちの半分もないと言いますが、正座打剣でこの威力ですか
ら本当にたいしたものです
(家業のためにプロボクサーの道は断念しましたがその身体能力
は、ザットこのようなものでしょう
立ち撃ちが自在に出来るようになったらきっと凄い打剣が
出来るようになると思います)


次回はこの70匁剣を使用して、厚さ1.2mmの炭素鋼板を的に打剣テストをします。平野甚右衛門
は70匁剣で鎧の胴部甲鉄製)を打ち抜いたと伝えられています。鎧を打ち抜くことの出来る剣を完
成させること、それが現在の私の夢です。                        2006.12.16(土)



◎SS400炭素鋼板に打剣して見ました。


生まれて初めて体験した左手打剣、稽古開始から五ヶ月目の動画です。
これより凄い絵があるのですが、あえて割愛させていただきました。


SS400炭素鋼板 1.2mm厚を使用。間合い二間、正座撃ち限定です。

『合戦拵え真剣』尾部カットタイプ、220グラム剣を使用しました。


五〜六本撃った位では、刃先はこの通り無傷です。


しかし、二十本目には刃先が曲がってしまいました。


今回のテストで、突き抜けた刃先は最大で7mm弱でした。 
2006.12.22(金)

テスト後記
SS400炭素鋼1.2mm厚の鉄板に、チスタガネを使ってハンマーで叩いて穴を開けようとした場合、その様子は
どの様なものになるのか?
と言う具合で、OG氏にテストの動画を送ってくれるように頼みました。
以下は、その返信文です。

『次に送るCD−Rに入れてみます。基本的には鉄鋼ドリルで穴を空けるものですから、ハンマーも大きいもので打
たないと
ダメだと思います。ちなみに、自作した削って焼きを入れただけの剣は一発で曲がりました。貫通しないで
へこんだだけです。
コンクリートは平気でしたけどスチール板はもたなかったです。            OG 拝 』


2006.12.29(金)録画


2007.01.14(日)録画


2007.02.10(土)録画



この畳は江戸時代のものです。この畳は当時城で使われ、矢止めの盾とされたものと同
様の造りになっています。畳の表側は、畳糸で入念に縫い固められていますから、軽量
剣を刺中させることは、極めて容易でないほど堅いのです。(畳の厚さは5センチです)



OG氏、初体験の立ち撃ち「四間間合い」に挑戦!

この動画の中で使用している剣は、70匁剣をテールカットした220g仕様剣です。
OG氏は、日下流八角棒手裏剣をサイズアップした240g剣を用いて、六間間合
いの遠投で三割刺中の実績があります。

なお、右手打剣左手打剣共に、精度は同等です。 2007.02.12()

30〜40分の打剣で、畳がすぐにボロボロになってしまうのです。

江戸時代に矢止めの盾として使われていた厚さ五センチ以上もある古畳を、三間半間合いからの打剣で
いとも簡単に撃ち抜いています










内装工事中につき暫くのご容赦を!

  昨年八月上旬に、マウスというものを初めて手にして以来、参
考書だけを頼りにしてこのHPを立ち上げました。そのような事情
ですので不備な状況ご容赦願います。
これから随時手を入れて閲覧し易いようにと思っています。


2005年1月15日

後藤流古武術・平野傳投剣術
                
    
                       近江 吉継